母校の佇まいは変わってなかったですよ、センパイ!

c0193396_170621.jpg

忌野清志郎さんが、永久の旅立ちをしてしまってから三週間が経つ。
このところ、ずっとRCを聴いていた。
特にRC初期に在籍していた東芝EMI(デビュー当時は東芝音楽工業、現在のEMI Music Japan)時代のベストアルバム2作品『Best of The RC Succession 1970-1980』と『同 1981-1990』をずーっと。

c0193396_1712521.jpgこのアルバムを聴きながら、そういえば実家のどこかにRCのデビューLP『初期のRCサクセション』(アナログ盤)があるはずだ!と、ふと思いだした。

兄貴に買わせたLPだ。当時、金欠高校生の僕は、兄貴に“RCってかっこいいバンドがいるんだ。ゼッタイ買いだよ!”とかなんとかウマいこと言って、買わせたんだっけ(笑)。それが僕の高校の先輩バンドということは内緒にしてね。

音楽が大好きだった兄貴。僕の音楽歴の出発点。子供の頃は、いろんな音楽を(なかば強引に)僕に聴かせてきた兄貴もすっごく気に入って、当時は一緒によく聴いていたな。そんな想い出のあるLPだ。
いけない、いけない、ちょっと感傷的になっちまった(笑)。


今月も月イチの東京取材旅行に行ってきた。
清志郎さんの逝去もあったし、今月上京した時は、母校の日野高に行ってみようと思っていた。それで行ってみた。5年ぶり。

沖縄に引っ越す前に住んでいた家は日野高から徒歩圏内。当時のゴールデン娘(マリン)の、ちょっと長めの散歩コースの途中に日野高はあった。あの頃はよく前を通っていたけど、沖縄に来てからは初めて。ホント久しぶりだった。


c0193396_160474.jpgc0193396_1611449.jpgc0193396_1613623.jpg日野高の佇まいは、ほとんど変わっていなかった。
僕が通ってた頃と正門も一緒だし、校舎も同じ。学校の横の浅川土手の風景も、ほとんど一緒だな。この川沿いの道を歩きながら、僕はいろんなことを思いだしていた。

初夏の頃になると毎年行われた地獄のマラソン大会。今はやっているかどうかわからないけど。僕が高1の時は、学校からダンダラの上り坂を走って多摩動物園を折り返すという地獄のコース。高2の時は、浅川から多摩川の土手をぐるりとまわる長距離コース(女子5キロ、男子10キロ)。高3は憶えていないから、たぶんサボったハズ(笑)。

そうそう、このマラソン大会のために、体育の授業は浅川の土手を端から端まで往復することから始まってたっけ。とにかく当時はよく走らされたなぁ。きっと清志郎さんも、走らされていたのでは!? 
ま、高2ぐらいになると、みんな友達とダベリながら、ほとんど歩くのとかわらないペースだったけど。

コバヤシ先生は、もうとっくに定年になっているだろう。
まだベビースモーカーかな?

c0193396_171314.jpg

『初期のRCサクセション』は、結局見つからなかった。
来月行ったら、もう一度探してみよう。
兄貴ならどこにあるか知っているんだろうけど、その兄貴も去年10月に逝ってしまったから聞けない。
今頃、清志郎さんと、空の上で出逢ってるかもしれないな。マリンと一緒に。
〈『初期のRC』弟に買わされちゃって〜〉とかボヤキながら、人の良さそうなクシャクシャの笑顔で話している兄貴の姿が浮かんできそうだ。

c0193396_1713818.jpg

[PR]

by mahalohilo | 2009-05-22 17:15 | music | Trackback | Comments(0)  

トラックバックURL : http://mahalo39.exblog.jp/tb/11592886
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。

<< 水平線に夕陽が沈み、海がオレン... キヨシロー先輩、天国でも“ガッ... >>