カテゴリ:馬場俊英( 20 )

 

痛みを二人で半分こにして、レンジでチン!

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5/28のブログにいただいたMさんのコメントを読んでいて、音(歌)が雫のように胸に沁みた経験を思いだした。僕ではなく妻のことですが。
数年前、沖縄の知人との関係がこじれた妻が、ものすごく落ち込んだ時があった。あの時は、普段は明るくて元気な妻がこんなに落ちたのは初めて、というぐらい沈んだ日々でした。

そんな時、偶然に観たTV番組で「スタートライン〜新しい風」が流れてきたのだ。
あれは『僕らの音楽』だったのかな。小渕くんがバックでギターを弾いていたと思う。
この「スタートライン」を聴きながら、妻はぼたぼたと大きな涙の雫をこぼしていた。妻が歌を聴きながら涙を流す。初めて見た姿だった。
驚いた。声をかけられなかった。

そしてしばらく泣いた後で、ふいに妻は「何度でもやりなおせばいいんだよね。今は遠くを見ることにしようっと!」と言って、涙でぐしゃぐしゃの顔に笑みを浮かべた。
それから妻は家事をしながら、よく「スタートライン」を口ずさむようになった。

そんな姿を見ていて妻にも馬場クンのライブを観てほしいなって思った。
彼女を勇気づけた本物の歌を聴かせたかった。
そして、その年の暮れに一緒に中野サンプラザのライブに行ったのだった。
初の日比谷野音を宣言したライブの時である。

妻はその場にいたみんなと一緒に「ボーイズ・オン・ザ・ラン」を熱唱していた。
「スタートライン〜新しい風」では、やはり、泣いていた。

みんなと幸せな気持ちを分かち合えたライブ空間、そして妻の新たなスタートラインとなった東京への二人旅。

あれは今思えば、痛みを二人で半分こにしてレンジでチン!した瞬間…だったのかな。

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by mahalohilo | 2010-05-31 11:30 | 馬場俊英 | Trackback | Comments(6)  

レンジの中に入れられないものができたなら…

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馬場クンの渋谷ライブで聴いた「一瞬のトワイライト」から溢れでてきた想いを、ただつらつらと書き綴ったブログに、たくさんのおめでとうメッセージをいただいた。
ありがとう。感謝です。

すごく長くもあり、すっごく短くも感じる30年でした。
ただ思うのは、この歳月の間にたくさん、ホントにたくさんの同じ経験をして、同じ想い出を二人で作ったなってこと。

c0193396_14252155.jpg例えば、内外問わずいろんな所を旅行したよなぁ。
僕が若い頃にやっていたモータースポーツ関係(鈴鹿8時間耐久レースなど)の取材には、よく一緒に妻が同行したっけ。(妻のお姉さんは鈴鹿市在住)
東名高速を走っている時、前のトラックが飛ばした小石が僕らの車のフロントガラスを直撃して、一瞬視界が見えなくなった恐怖の体験も、一緒にした。
オートキャンプ場の取材で全国をまわった時も、一緒だった。

音楽も、モータースポーツも、キャンプも、好きなことを仕事にできて、体力的にも金銭的にもあの頃はすっごく大変だけど、楽しみながらやれたことが幸せだったなぁと思う。


たとえ貧しくても、大変でも、若い時ってあまり苦にしてなかったんだよね。逆に、今思い返すと、イイ想い出だったりするから不思議だなって思うんだ。
大変なことは二人なら半ぶんこ、うれしいことは二人なら倍になってたんだね、きっと。


掃除機の中に吸い込めないものも、レンジの中には入れられないものも、これまで二人の暮らしの中にはたくさんあったかもしれない。でもおたがいに、とってもいいココロの距離感で、ここまでこれたのだと思う。


〈たとえば 僕が仕事で少し苦しんでるとき
  うまくいかずに悩んで 出口見つからないとき
   テレビドラマを眺めて ただ何も言わずに笑って
    知らないふりも そんな君の愛し方……〉 by「ただ君を待つ」


これから先、レンジの中に入れられないものができたなら、半ぶんこにして、もう一度二人であたためなおそう。

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by mahalohilo | 2010-05-28 14:34 | 馬場俊英 | Trackback | Comments(4)  

10年前の自分に戻りたいと思ったことはありますか?


c0193396_23434140.jpgもしもあの時、別の道を選んでいたら、どうだっただろう。

悩んで悩んで、迷って迷って、それでも答えが見つからず先のばしにして…。
優柔不断なんだ、で片付ければ簡単かもしれないけれど、これだけは真っ正面から自分と向き合って答えをだしたかった。
それだけ大事なことだったから。一生後悔したくなかったから。

「人はぎりぎりになって、やっと決められる」と、ある人は言う。
大切なことほど、いつまでも決められずに時間だけが流れて、最後の最後、ぎりぎりの状態になった時に、人間の本能が決める。その人は、こうも言っていた。


c0193396_234422.jpgもしもあの時、もうひとつの道を選んでいたら…。

10年前の自分に戻りたいと思ったことはありますか?
僕は、ない? ないと、思う。

20年前は? 30年前は?
やっぱり、ない、かな。
幼なじみの同級生を妻に選んだ時も…
結婚してすぐに仕事をやめようと決めた時も…
音楽ものかきになることを選んだ時も…
沖縄に引っ越そうと決めた時も…

いっぱい悩んで、いっぱい迷ったけれど、もう一度あの時に戻ってやりなおしたいとは思わない。


山もあったし、谷もあった。
たくさん雨にも降られたし、ずっと曇りの日もあった。でも天気の悪い日があったからこそ、ときおり雲間から射し込む太陽のあたたかさや、空の青さにイッパイ幸せを感じてきたのだと思う。

あの頃に戻りたいと思ったことはないけれど、10年後、20年後、30年後……の僕らをのぞいてみたい。
どんなおじいちゃん、おばあちゃんになっているんだろうな。

出逢えたことにありがとう。
選んでくれてありがとう。
来月、結婚30th Anniversary.
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馬場俊英の「Acoustic Circuit 2010〜待ち合わせ〜」。
5/23@渋谷C.C.レモンホール。

「一瞬のトワイライト」を歌う馬場君の歌声を聴きながら、
僕はずっとそんなことを想っていた。

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今のままでいい。ずっとこのままのふたりが、いい。
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by mahalohilo | 2010-05-24 00:09 | 馬場俊英 | Trackback | Comments(20)  

「待ち合わせ」。胸の深いところにいる大切な君へ

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初夏の穏やかな風が吹きながれるように、その歌は始まった。

〈もしも君に逢えるのなら まず初めにどんな話
  もしも君に逢えるなら まず初めにどこに行くだろう〉

今はもう隣りにいない君のことを、胸の深いところからそっと取り出して、少しの間だけ君の想い出と寄り添っていたいと思う。そんな歌だった。


c0193396_11474112.jpg大切に思っていた人の記憶を、あの頃は無理矢理でも時の流れに押し流そうとしていた。
大切に思っていたからこそ、もう逢えない心の痛みを少しでも早く忘れていまいたいと思ったから。

本当は胸の奥深いところに流れ着いていることを知りながら、それを見ないように、触れないようにしていた。

でも…ふとした瞬間に、時は逆流してくる。
いつも一緒に歩いた街の景色に触れた時。二人が好きだった映画の音楽を、街の中で偶然聴いた時。無性に君に逢いたくなってしまう。

驚いた時の大きな瞳、顔いっぱいに広がる笑顔、やわらかい唇、細い指先…胸の軋みが聞こえてきそうなくらい、たまらなく君に逢いたくなる。


〈もしも願いがひとつだけ叶い
  もう一度抱きしめられるならば
   この世界のどこへでも 僕は君に逢いに行くよ
    何度でも 何度でも……〉

ゆっくりと大切な記憶をたどるように、語りかけるように、優しく流れる旋律の中で歌い紡がれていく。

僕は、馬場俊英のこういう歌が好きだな。

「待ち合わせ」。6月2日、リリース。

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by mahalohilo | 2010-04-07 11:59 | 馬場俊英 | Trackback | Comments(10)  

馬場君に初めてインタビューしたのは『もうすぐゴング』

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沖縄は寒い日が続いている。
毎日が曇り時々雨。そろそろ暖かい陽射しが恋しくなってきた。
2月1日からたくさんのプロ野球球団がキャンプインのために沖縄に来ているのに、この天気はちょっとかわいそうだな。
僕がいつもファル娘の散歩に行っているトロピカルビーチのある宜野湾海浜公園内の野球場では、横浜ベイスターズがキャンプに入った。連日報道陣やファンの人たちが、たくさん訪れている。

このキャンプ風景に影響されたわけでもないけど、最近、妻と海浜公園でキャッチボールを始めた。なんか久しぶりに握るボールが懐かしかった。
小学校の頃、僕は野球少年だった。町内のリトルリーグでピッチャーをやっていた。毎日学校が終わると、そのまま校庭で友達と野球。日曜日には朝から、また野球。一年中野球ばかりやっていた。楽しかった。中学に入ってサッカーが楽しくなるまでは、野球一辺倒だった。

馬場君の「ボーイズ・オン・ザ・ラン」を初めて聴いた時、引き込まれてしまったのは、そんな野球少年だった僕の根っこの部分に触れたからなのだと思う。野球少年だった馬場君と、その話をしたことはないが、いつか酒でも飲みながらおたがいの子供の頃の野球話をしたいと思っている。

先月に続いて、僕が以前書いた馬場君の原稿を紹介したいと思う。
この時のインタビューで、僕は初めて馬場君に会った。
ファーストアルバム『もうすぐゴング』の取材だった。
インタビューの場所は、当時、池尻大橋にあったフォーライフレコードの会議室。
「あ、どーも、馬場俊英です」
ほとんどまだ取材を受けたことがないのだと言った時の、ちょっと緊張気味の表情を思いだす。



●馬場俊英『もうすぐゴング』(Gb '97年2月号掲載)

c0193396_16234193.jpg“歌”を聴きながら、その作り手であるアーティストのことを、あれこれ想像するのが妙に楽しかったりする。元気いっぱいの主人公にアーティスト本人をダブらせてみたり、この歌の主人公は未練タラタラだからもしかして本人もそうなのかもね、とか。当のアーティストにとっては余計なお世話かもしれないけど、僕はよくそんなことを想像してしまう。

 僕が初めて馬場俊英の曲を聴いたのは、彼が佐藤聖子に提供した「Heartbeats Groove」だった。君への僕の愛を確かめたいときはその手の平を僕の胸にあててごらん。ドックンドクンっていう胸のビートは君への愛の証だから…というセンチメンタルな曲を聴きながら、きっとこの人はナイーヴなロマンチストなんだろうなと勝手な想像をしていた。
 そして実際に会った彼は…。そう、表情の端々に見え隠れするナイーヴさと同時に、チャメっけのある少年のような人だった。

「アルバム・タイトルの『もうすぐゴング』のイメージとしては、ガッツ石松さんがボクシングで1ラウンドを闘った後でコーナーに帰ると、そこにはギターが置いてあって、“♪次のラウンドで〜ぇ(と歌う)”って歌うみたいに、ラウンドが終わるごとに1曲ずつ歌っていくというイメージですかねぇ(笑)」
──えっ?(笑) もう少し説明してもらえますかぁ?
「ボクシングに例えるなら、ラウンドの合間にボクサーが自分のコーナーに帰ってきて、汗をふかれたり、水を飲まされたり、肩をもまれたりしながら、いろいろと思いをめぐらせる。次のラウンドで倒せるんじゃないかとか、今日はダメかもしれないとか、とりとめのないことを考えてると、ゴングが鳴って、とりあえずリングの中央に出ていく。それって僕らも同じだと思ったんです。今日が1ラウンドで、明日が2ラウンドだとすれば、ベッドに入る前に今日は楽しかったけど、明日はどうかなっていろいろ思いをめぐらせる。で、次の朝がきて、ゴングは鳴らないけど目覚まし時計が鳴って、また1日が始まり、職場に出ていくのと同じだと思ったんです。僕も、前は昼間バイトをして、夜帰ってから曲を作ることが多かったので、ボクサーでいえばコーナーに戻ってきたときに、そのラウンドで思ったことを歌にしてた感じだったなと思って」
──それで『もうすぐゴング』ですか…。
「最初からそういうコンセプトがちゃんとあってというんじゃないんです。それは後から考えたことなんですけど(笑)」

c0193396_181268.jpg──ファースト・アルバムに収められてる曲は、ずいぶん前に書かれた曲もあるんですか? いちばん古いのは何ラウンドぐらい前?(笑)
「僕はアマチュアの頃、インディーズで何枚か出してて。それから4年半くらい経つんですけど、それ以後のものですね。でもなるべく新しい曲を入れたいと思ってた。デビュー・アルバムは、そのアーティストがやりたい音楽のすべてが含まれてると、よく言いますよね。僕は29歳のデビューだし、最初は29年間に培ってきたすべてが集約されてるものにするべきなんじゃないかと思ったりしたんですけど、いざ作り始めるとそういう気になれなくて。なるべく、現在の自分の視線から眺めたアルバムにしたいと思ったんです。だからこのアルバムを作る前後に作った曲がほとんど」
──「星を待ってる」や「Heartbeats Groove」にしても、「「優しい雨のように」を覚えてますか?」にしても、主人公のナイーヴさにとても惹かれます。
「「優しい雨のように」〜」は、胸の弁で歌を書くというよりは、鏡に映ってる自分を描くといったところがありました。鏡の中の自分に向かって、そういうことがあったっけ?と問いかけるような。100%僕にああいう場面があるかというと、そういうわけでもないんですけどね。ただ、ああいうことを思いながら午後の1時間なりを過ごしてる人がいたら僕は素敵だなぁと思って」

──雨の日のベランダで懐かしいメロディに導かれるように君との想い出が蘇ってくる。男が泣いたっていいだろ? 悲しくなったっていいだろ?と、雨音に重なる懐かしい曲に心揺らぎながら、男はふと思う…という主人公の心情が、メロディとともに届いてくる歌ですね、「「優しい雨のように」〜」は。それに歌の中の風景が見えてくる。
「僕も空気感も含めて風景が見える歌が好きで。僕が歌を作るときも、時間設定とか、まずいろんなポイントを決めてから書くんです。おおまかに、これは朝っぽい歌でいこうとか、夕焼けが見えるとか月が見える時間の歌にしようとか。それにコードでも、これは“Am”っぽいコードの曲を作りたいとか。(笑)作るときの分け方として、僕の中ではわりと時間や景色は大切ですね」
──それに「星を待ってる」では、別れを告げられても、わりと冷静に受けとめて、騒ぎたててないでしょう?(笑) 馬場さん自身も、そういうタイプなんですか?
「そういうところはあるかもしれないですね。時間の経過の中の、どの時点での感情を歌にするかだと思うんです。もう終わりにしたいと言われたときに、そこで素直に引かないのが普通じゃないのか。でも一生騒ぎたて続けることもありえないし、いつかは騒ぎたてない状態になるわけだし。僕は、きっとこの主人公のようにありたいということかもしれないですね」

 181センチの長身。中学時代は野球部で3番サード。で、今はネコが好きという彼は、やっぱり優しい人なんだと思う。
                            text:伊藤博伸

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by mahalohilo | 2010-02-06 16:22 | 馬場俊英 | Trackback | Comments(14)  

僕が馬場君について書いた初原稿は「明日はどっちだ」

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上京中です。
今日の東京は暖かくなったとはいえ、やはり沖縄とはくらべものにならない。
温度差10度以上はやはりこたえるなぁ。

今回東京にいる間に、部屋を片付けていたら以前使っていたMACが出てきた。
メインPCのバックアップ用に使っていたノート型だ。
久しぶりに立ち上げてのぞいてみると、いろんな懐かしい原稿があって、時間の経つのも忘れて読み入ってしまった。
その中に馬場俊英君の原稿も数点あった。

僕が初めて馬場君のことを書いたのは、サードシングル「明日はどっちだ」について。
当時のCBSソニー出版(現ソニーマガジンズ)の「Gb」という音楽誌に書いたものだ。

その時、彼の存在は佐藤聖子に楽曲提供をしている作家としては知っていた。
彼の書く楽曲のテイストが僕好みだったこともあって、その後、彼自身がアーティスト・デビューしてからも聴いてはいた。
ただサードシングルの時点ではまだ彼に会ったことがなかった。
だからこの原稿は、楽曲を聴いて僕自身が感じたことを、そのまま書いている。

文末に「きっと感性豊かでナイーヴな人に違いない」と綴っているが、その印象は決してまちがってはいなかった。彼の歌や歌声からだけで受けた印象は、今思えば馬場俊英そのものだった。

せっかくだから、その時の「Gb」の原稿をここに転載したいと思う。
もっとほかにもあるはずだから、見つけたらその時にでもまた読んでもらいたいと思っている。



■馬場俊英3rd.Sg「明日はどっちだ」(「Gb」1997年2月号)

c0193396_16263064.jpg ひとつの恋愛が終わる瞬間の捉え方って人それぞれ違うものだなと思う。特にその瞬間を歌にするとき、フィクション、ノンフィクションを問わず作り手であるアーティストの主観が歌の中に溶け込んでいて、とても興味深い。
 佐藤聖子に、「Heartbeats Groove」や「恋をするなら」といった作品を提供している馬場俊英の場合はどうか。これがまた、実にナイーヴな表情が見え隠れしているのである。
 例えば、彼のデビュー・シングル「星を待ってる」では、彼女に別れを告げられた帰り道で、もう電話もしないし君のこと忘れるから、ただ帰り道だけは空を見上げて歩いて。僕はここでちょっと星を待ってるから…とつらい気持ちをそっと抑え込みながら伝える詞がある。
 ふつうなら彼女に別れの理由を問いただしたり、責める言葉のひとつやふたつ投げかけるんだろうけど、彼の場合はすべてを飲み込んで、時々は星を見上げて歩いてほしい。きっと星が何かを運ぶはずだから、とだけ伝える。そのあたりの優しさやナイーヴな感性にジーンとさせられる。
 そして1月22日にリリースされたサード・シングル「明日はどっちだ」でも、別れのシーンを通して、彼のロマンチシズムとポジティヴさが浮き彫りにされる。
 そこでは、ベランダに佇み、うっすらと明けゆく空を見ながら、いつか彼女と交わした約束の行方を星に尋ねたけど、答えを待たずに夜が明けていく、といまだに忘れきれない想いを歌にする。
 しかしこの主人公は、いつまでも未練タラタラとはしていない。夜が明け、朝の爽やかな空気を吸い込むうちに、淋しくってもしょうがない、涙ぐんでも情けない、顔を上げて明日に向かって歩いて行こう、と決意する。本当は心の中は痛みでいっぱいなのに、あえて気持ちを奮い立たせようとする。そこに男のロマンを感じるのだ。
 2月には、1st..アルバムもリリースされる馬場俊英。彼はどんな人なのだろう。きっと感性豊かでナイーヴな人に違いない。彼の歌を聴きながら、僕はそう思っているんだけど…ね。

                               text by 伊藤博伸
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by mahalohilo | 2010-01-18 16:19 | 馬場俊英 | Trackback | Comments(6)  

今日は、馬場クンのライブ&ドキュメンタリーDVDの発売日です!

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いよいよ今日、馬場俊英クンのライブDVD《LIVE TOUR 2009〜ファイティングポーズの詩〜at 日比谷野音&大阪城野音+ドキュメンタリー「野音でピース!」“馬場俊英1308日間の熱い夏”》が発売される。
このDVDは、タイトルからもわかるように今年行われた日比谷野音と大阪城野音のライブを収めたDISC1と、「野音でピース」を宣言してから初めての日比谷野音が実現するまでの日々を描いたドキュメンタリーのDISC2で構成された2枚組の映像作品だ。

ボクはこのDVDのDISC2の制作に関わらせてもらった。
全体的な構成とナレーション原稿の執筆、そして登場する証言者や馬場クン本人のインタビューを行った。

c0193396_10443359.jpgc0193396_1044515.jpg馬場クンをよく知る証言者(DJ:ヒロ寺平さん、元バナナホール店長:青木さん、馬場バンド:渡辺さんと金森さん)の方たちのインタビューは、『風に吹かれて』の前日と当日に収録。
ヒロさんはご自宅のスタジオで、青木さんは元バナナホール(現ライブハウスAKASO)店内で、渡辺&金森さんは『風に吹かれて』のステージサイドで。
また馬場クン本人は、9月16日に、日比谷公園内にあるグリーンサロンの2Fでインタビューを行った。(当日は国会議事堂を取材するヘリの音に悩まされたなぁ)

みなさん、ほんとうにお疲れさまでした。特に馬場クンは2時間以上にわたって話を聞かせてくれたことに感謝です。
☞☞☞『風に吹かれて』のリハ風景
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        ☝☝ 『風に吹かれて』終演後の打ち上げ風景 ☝☝

インディーズ時代のライブ映像は資料用に撮影されていたもので、観たことのないものがほとんど。大量の映像を何十時間もかけて全部観たうえで、カットを選んだWOW WOW小野さんの努力と素晴らしい根性に拍手!
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たくさんの馬場ヘッズたちに観てほしいDVDになったと思います。
ぜひチェックしてみてください。

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by mahalohilo | 2009-12-09 10:56 | 馬場俊英 | Trackback | Comments(18)  

馬場君のライブに、すべりこみセーフ!

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東京にやってきました。
先月にくらべると、ずいぶん寒くなってますね。
今回の目的は、馬場俊英君の渋谷C.Cレモンホールでのライブ。
「風に吹かれて」の時に、「絶対に観に行くからね!」と馬場君とも約束していたし、
なにより『延長戦〜』の曲たちがどうライブで成長しているのか見てみたかった。
今回のツアーのセットリストに入っているかどうかはわからないが、
できれば「二十年後の恋」をナマで聴きたいと思ったのだ。

オバマさんの離日の影響か、那覇空港で羽田行きの飛行機は1時間半遅れ。おやおや。
これで間に合うのか…とハラハラしたが、なんとか10分前にホールにたどり着いた。
ふーっ。すべりこみセーフ! 

c0193396_22515258.jpg席は二階席の最前列、しかもセンターで馬場君の真っ正面。
ステージ上の人たちの動きもよく見えるし、一階席の人たちの盛り上がりも見渡せる。

演奏もかなりまとまってきているな。
若者組二人がライブを盛り上げていき、年長組はそんなギタリストたちを見守りながら的確にビートをキープしていく。とてもイイ雰囲気だった。

それに年長組のソロもキマッていたね。
渡辺君がビアノに飛び乗り、ソロプレイをするという、かつてのエルトン・ジョンを彷彿とするシーンもあったりして(笑)。終演後に本人にそのことを聞くと、「思わず、やっちゃいました」と苦笑していたが。

しいて言えばM②は、④の後にするか、なしでもよかった気がする。
個人的な気持ちとして、『延長戦〜』の流れが、あたまの部分でもっと欲しかったからだ。

とはいえ、最後まで楽しめるライブだった。
そして来年のアコースティックライブが楽しみになったライブでもあった。

終演後の中打で、馬場君自身も「楽しかったですねぇ!」と満足そうだった。
ファンの人たちの歓声や笑顔に触れて、あらためてツアーをやれることの幸せを実感しているのだろう。その想いが彼の言葉や笑顔から伝わってきたライブだった。

僕もいろいろ関わらせてもらったライブDVDが12/9に発売される。
ファンのみなさんがどんな感想を抱いてくれるのか、今から楽しみです!
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by mahalohilo | 2009-11-16 22:54 | 馬場俊英 | Trackback | Comments(4)  

雨と風に吹かれて2009。たくさんのうれしい再会でビールがうまい!

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只今、上京中。
東京は涼しくなりました。
今、窓の外では虫の音がチリチリと涼し気な声で鳴いています。もう秋の気配ですなぁ。
そんなことを思っていたら、沖縄から写メが送られてきた。
な、なんと、そこにはファル娘が近くの公園の湧き水で水浴びしている姿が…。
南の島は、やっぱりまだまだ夏だねぇ。

c0193396_18524686.jpg昨日、出張先の大阪から戻ってきた。
馬場俊英君の取材だった。
12日にはライブイベント『風に吹かれて2009』@万博記念公園も観ることができた。

当日はあいにくの雨だったけれど、たくさんの人が集まっていた。
カッパを着て長い時間雨にうたれているお客さんたち。でもみんな途中で帰ることなく、最後までライブを楽しんでいる姿に感動。
小さな子供も、一所懸命、曲に合わせてちっちゃな手を叩いている。いい風景だなぁ、きっと家でも音楽がかかると、こうやって一緒に手を叩いて歓んでいるんだろうなぁ。素敵な家庭の様子が浮かんできて、なんだかうれしくなった。

c0193396_11163910.jpg楽屋では、前に何度も取材をしたことのあるアーティストたちやスタッフなど、懐かしい人たちにたくさん再会できた。

スタレビ要さん、Skoop On SomebodyのTAKEにKO-ICHIROさん、竹善さん、ご無沙汰でした! みんない〜いカンジに齢を重ねていて、齢をとるのもわるくないな。自分もガンバラねば!と思ったのだった。

それに今回の大阪では、インディーズ時代の馬場君の話も聞くことができた。
青木さん、ヒロ-Tさん、そして馬場バンドの渡辺さん、金森さん、お世話になりました。
貴重なお話、ありがとうございました。

たくさんの出逢いと再会があった3日間の大阪出張!
ライブ終了後の打ち上げパーティーも楽しかった〜〜。
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by mahalohilo | 2009-09-14 19:06 | 馬場俊英 | Trackback | Comments(2)  

今日も、延長戦を続ける大人たちへ、贈るGood Songs

c0193396_10545418.jpg今日から7月。
早朝からセミの大合唱で起こされる季節がやってきました。

パイプラインからスージグァ(路地)を少し入った所にある自宅までは樹齢何年?というぐらいのガジュマルの大樹が何本も生い茂っていて、まるで小さな林のよう。

夏になると、空が明るくなった途端、夜の間この木々で休んでいたセミたちが一斉に声を限りに鳴き始めます。そしてその声につられるように、鳥たちもそれぞれ特徴のある歌声で大合唱に。
都会では考えられない、自然の目覚めとともに起きる生活です。
朝6時前に起きて、夜は11時を待たずにベッドに入るなんて、東京で暮らしていた頃は考えられなかったな。
沖縄に移り住んでから、原稿を書くのは深夜だった東京とは真逆な生活になりました。


c0193396_10553659.jpg今日は小潮。海の干満の差が一番小さい日です。
引き潮の浅い海でひと泳ぎして、家に戻ってからコーヒータイムの後、ひと仕事終えたところです。

窓の外に広がる青空にはホワホワ雲がゆっくりと流れています。爽やかな風が木々を揺らして、サワサワと音を奏でています。今日も暑い日になりそうです。


ところで今日7月1日は、馬場俊英クンのニューアルバム『延長戦を続ける大人たちへ』がリリースされる日。そこには背中を押してくれる応援歌的な曲もあれば、日常を歌った穏やかな曲もある。力作だ。

馬場クンは28歳でメジャーデビュー、レコード会社との契約切れの後は自らインディーレーベルを立ち上げ、こつこつ続けていたライブを通して徐々に支持を受けていった遅咲きのシンガーソングライターだ。そういう地道な経験があるからこそ、彼の歌には説得力があるのだと思う。

馬場クンのこの新作について僕が書いた原稿を掲載します。
ちょっと長い文ですけど、少しでも馬場クンの音楽に興味を持ってもらえればうれしいと思います。

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◆『延長戦を続ける大人たちへ』馬場俊英

 遠くで、近くで、白い波が立っている。強い風に押し動かされた海原がうねりを増しながら次々と寄せてくる。風に吹き飛ばされた波の飛沫がまるで汗の粒のようにも見える。
 海には一日として同じ表情はない。荒れた日もあれば、凪いでいる時もある。しかし、たとえ凪いでいても決して波は止まることがない、いや止まることができない。一度動きだしたら、動き続けるしかない──まるでそれは人生の映し鏡のようだ。

 馬場俊英が約二年ぶりのニュー・アルバムをリリースする。
 前作『青春映画が好きだった』が三十代に書きおろした楽曲とすれば、このニュー・アルバムはまさしく四十代に入ってから馬場が感じている現実を綴った作品である。
 アルバムのタイトルは、『延長戦を続ける大人たちへ』。

“延長戦”──人生との向き合い方次第で、その言葉の捉え方は人それぞれ違ってくるだろう。若い頃は勝ち負けばかりを気にして、できることならコールドゲームでキメたい!と願う。でもある時、勝つことだけがすべてなのか。なにがなんでもこの時までに決着をつけなければいけないことなのかという想いがふと頭をよぎる。いや、自分なりの歩幅で、自分が納得ゆくまで歩き続けていくこと、そしてその間に眺める風景の方が大事なのではないか、と。

 ニュー・アルバムに収録の「夏の午後の長い坂道の途中で」の、情けなくて、みっともなくて、かっこ悪くて、バカみたいだと思いながらも、虹が出るその日までは…と延長戦を続ける男も。クタクタに疲れ果てた深夜のホームで受けた君からのメールで初めて誕生日に気づく現実に愕然とする「ファイティングポーズの詩」の男も。子供を母親にあずけて、20年の時を経た今、恋人だったあの頃を思いながら、これからもともに歩み続けていこうとする「二十年後の恋」の四十代の夫婦も。みんな、それぞれが、それぞれの“延長戦”の途上にいる。この先に続く道を自分の足で、自分のペースで進んでいこうとしているだけだ。

「試合の勝ち負けよりも、最後の回に引き分けでもいいですよね。いいゲームだったね!って最後に言えたなら」と、馬場はいう。
「今42歳になって思うのは、二十代、三十代はうまくいかないと思うことがたくさんあったけど、別に悲観的になって、あきらめて、投げやりになったりする必要もなくて。自分が今できることをやり続けていれば、いつか時を経て、あの頃は無駄じゃなかったと思えたら、最後によかったんだというふうに言えたなら、それで十分、という気持ちになれたんですよね」

c0193396_11134543.jpg 十代も、二十代も、三十代も、そしてこれからも、自分のまわりにいつも風は吹いている。向かい風も、追い風もあるだろう。冬の凍るような風も、夏のぬるい風も、枯葉をさらさらと散らす風も、そして桜の花の薫りを運ぶ風も…。虚しさも歓びも痛みも充実感も達成感も、みんな風が運んできては、いろんな感情を残していく。不安になったり、満たされたり。でもその風を受けとめるのは、すべて自分自身。

「人とくらべたりすることが少なくなりましたね。どうしてあの人は、あんなふうにできるんだろう!? あの人ができるのに、なんで自分は…と考えることも、あまりなくなった。みんな自分には自分のカレンダーがあって。誰かが夏を過ごしている時に、たとえ自分が凍えるような冬の中にいても、そういう巡り合わせになっていると思ったんですね。きちんと自分のカレンダーをめくり続けていれば、いつか自分のタイミングで自分にも春がやってきて、夏のカレンダーをめくる日がくる。きっといつかそうなるんだって。自分のペースで頑張っていけば、いつか叶うことがたくさんあるという実感を持てるようになったんですよね」

 閉じていた夢の翼で、もう一度風を受けとめたくなる。内ポケットにしまってある約束を、もう一度確かめようと思う。自分らしくいればいいじゃない。自分のカレンダーを信じて。『延長戦を続ける大人たちへ』は、そう教えてくれる。

 悩んだ時、迷った時に背中を押してくれるエールソングがフィーチュアされて、馬場はサラリーマンや大人世代の応援者的な存在になった。でもそれだけではないな、と思う。なにげなくただ流れていくだけの日常を描写した歌や、そばにいるだけで心があたたまる男女のさりげないラブソングの中にも、僕は馬場俊英らしさを感じるのだ。
「一瞬のトワイライト」「ただ君を待つ」「遠くで 近くで」「八月のレイン」「STATION」「鴨川」、それにニュー・アルバムの「雨のシーズン」や「二十年後の恋」や「君がくれた未来」の中に。そういう歌を聴いていると、僕の心はいつも暖かい風が流れていく。

 今、この齢だから歌える曲がある。今、この齢になったから沁みる歌もある。『延長戦を続ける大人たちへ』は、そういう歌ばかりだった。

 今も、どこかの街で延長戦を続ける大人たちがいる。彼や彼女たちは、社会という白波が立つ海原を眺めながら、守るべきものを乗せた船の舵を、今日も握り続けている。厳しく吹きすさぶのか、それとも優しく吹き流れるのか。いったい明日はどんな風が吹くのだろうと想いをめぐらせながら、延長戦のような人生の船旅を続けている。
 いつかその旅の途中で、虹でも見れたなら…。それで十分じゃないか。 文/伊藤博伸

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by mahalohilo | 2009-07-01 11:21 | 馬場俊英 | Trackback | Comments(0)