湘南!? いや、沖縄の海風に吹かれて…

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昨日の雨が嘘のように、今日は午後から青空が広がった。
蒸し暑さを呼んでいた湿気を、風が吹き流してくれたのか、
強い陽射しに吹く風は爽やかだ。
夕方5時頃、そろそろファル娘の散歩にでも行こうかな、と思っていた時のことだ。
トロピカルビーチ方向からの海風(ぱいかじ)に運ばれて、
ズンッズンッという音が聴こえてきた。
ズズン、ズズン。かなり重い音だ。
ビーチに隣接する屋外劇場で、今日は誰かのライブがあるのかな?
ファルの散歩ついでに、ちょっくら行ってみるかぁ、と思った。

c0193396_20532970.jpg家から歩いていこうかとも思ったが、弱まったとはいえ陽射しはまだちょっときつい。
車で行くことにした。エアコンは? 風が気持ちイイからoffでいいか。

ズンズズンッ。海浜公園の駐車場に着くと、音は重さを増して、腹に響いてくる。
ファル娘は大丈夫かな、という想いがアタマをかすめた。

なぜなら、以前、この公園で起きた出来事を思いだしたからだ。
宜野湾市が毎年開催する「はにんす祭り」のカチャーシー大会でのこと。
数十人が叩く琉球大太鼓の腹に響く、あまりの重量音に怯えたファル娘が、おもらしを…。
犬の聴覚は、人間の何十倍も鋭いというのに、気づかずにゴメンね、ファル。

あの出来事がトラウマになっているかと思ったら、ウチの娘は忘れっぽいのか、おっとりしてるのか。無反応。大丈夫みたい。あの時の音のデカさにくらべたら、こんなの、へーっちゃら!という顔をしてる。

c0193396_20541374.jpg逆に、ひょこひょこ音のする方に向かっていくではないか。おやおや。
親に似て、音楽が好きみたいだ。
ま、僕が仕事をしてる時は、いつも足もとで音楽を聴いているファルのことである。
音楽好き、爆音に慣れたのも当然ちゃ〜トーゼン!?

案の定、野外劇場にはPA会社の大型トラックなどが何台もとまっている。
どうやら今日はリハのようだ。
劇場横の、いつも散歩途中でひと休みする海が見える丘の上に行った。
ズンッズンッの音に合わせて、ラップも聴こえてる。
ん? 聴いたことあるぞ。
うぉーーーっ、湘南乃風じゃん! 明日ライブとは知らなかったよ。

c0193396_20545093.jpg海風に吹かれて芝生に横になって、湘南乃風のリハを聴いていた。
お気に入りのボールで、ファルはひとりで遊んでいる。
くわえたボールを落とし、坂を転がっていくと、追いかけて、くわえて戻ってくる。
で、僕の隣でごろん。またボールを離し、転がっていくと、全力疾走。
戻ってきて、またごろり。それを延々、ひとりで繰り返している。

気持ちイ〜〜〜イ。海風も、湘南乃風も、眼の前に広がる東シナ海の凪いだ海も。
サイコーの気分。至福の時。


サイコーといえば、数日前に、サイコーなヤツに会った。(ヤツなんて言ってごめんね)
元Soul Campの半蔵だ。
僕らが沖縄に移住してから3ヶ月ほど経った04年の冬、北谷の観覧車下のカーニバルパークでストリートライブをやっていたSoul Campに偶然遭遇したのが彼らとの出逢いだった。
当時は半蔵とナオトの2MCに、プログラミングKOME、DJ MORIKIの4人。
初めての沖縄の冬。当時は、まだ身体は東京タイムで、冬でも半袖TでOKだった。翌年から急に寒がりになったけど(笑)。根っから順応性がイイもんで。

人はそれほど集まっていなかったが、ひとりのアメリカ人の小さな女の子が、
彼らの音楽に合わせて踊っていた姿が印象に残った。
最後に歌った曲が、ズズズンッと僕の胸に響いた。
それは、ふとっちょの方のMC半蔵が、大手術をした母親への感謝の想いを綴った感動的な「BIG MAMA」という曲だった。

母親をひとり東京に残して、沖縄に移住してきた僕の心に、歌詞の一言一言が染みて、いつまでもいつまでも響き続けた。
本当に、感動的な曲だった。

それからSoul Campのインタビューを何度もした。
ウチで、一緒にBBQもした。(楽しかったね、またやろうな!)
だが残念なことに、Soul Campは昨年いっぱいで活動休止。

c0193396_205524100.jpgあれから半年、あのふとっちょが13kgもダイエットして!(笑)ソロ・デビューすることになった。
これは、ぜひ話を訊いてみたいと思った。で、久しぶりに会った。
Soul Campのシングル「ふたば」の取材以来だから、1年3ヶ月ぶりになる。
半蔵の初ソロ・シングルは、ひいおばあさんの名前をタイトルにした「CHIE」。
戦火を逃れ、子供たちの手を引きながら、やんばるの山まで逃げぬいて、命を繋いだおばあさんの話から、いまだに戦火の耐えないこの青い星の平和への願いをメッセージした曲。

半蔵らしい、優しさとぬくもりのある視線で描かれたGood Songだ。
くわしくは、半蔵のHPとブログをチェックしてみて。
HPのURLは…http://www.hanzo.in/
ブログは…http://ameblo.jp/blog-hanzo/


おやおや、湘南乃風の音楽と、海風がやけに気持ちよくて、
ついウトウトしちまったよ。
だいぶ太陽も水平線と仲良くなってきたから、
そろそろ帰ろうか、ファルっち!

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# by mahalohilo | 2009-06-05 21:11 | music | Trackback | Comments(0)  

水平線に夕陽が沈み、海がオレンジ色に染まる頃…

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梅雨入りしたのに、沖縄は梅雨という感じがしない。
このところあまり雨が降ることがなくて、ほとんど曇りか晴れた日だからだ。
今日も天気予報は「晴」マーク。

c0193396_10361323.jpg窓の外を見ると、うっすら雲はかかっているけど、青空。
陽もやわらかく射している。

海風が、ヤシの葉をさらさらと揺らす。
暑くもなく、涼しすぎず、今日も過ごしやすい日になりそうだ。

どうやら今年の沖縄は、梅雨が短いらしい。
晴れの日は好きだけど、このぶんだと水不足がちょっと心配。

と、思っていたら、急に曇ってきて、ざーーっとスコールが。
こっちの天気は、ホント予想がつかない。
この調子だから、沖縄の天気予報があたらないのも、ムリもないかぁ。


c0193396_10364529.jpg昨日は、坂井泉水さんの三回忌だった。
武道館ではメモリアルライブも行われたようだ。
DEENの池森くんや、倉木麻衣さんが出演して、
ZARDの歌を、きっと大事に歌ったことでしょう。
会場のファンの人たちと、一緒に。
ZARDを愛した人たちの想いが聴こえてきそうです。

このライブを観に行こうと思ったりもしたが、
僕は沖縄で、その日を送ることにしました。
もうそれでいいと思ったので。

昨日は、久しぶりに水平線に沈む夕陽をファル娘と眺めていました。
そろそろ武道館ではライブが始まった頃かなと、ひとり思いながら…。


三回忌を迎えた坂井さんについて原稿を書きました。
興味のある方は、読んでみてください。
 ⇩    ⇩    ⇩
http://guide.jp.real.com/special/23_zard/

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# by mahalohilo | 2009-05-28 10:47 | ZARD | Trackback | Comments(0)  

母校の佇まいは変わってなかったですよ、センパイ!

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忌野清志郎さんが、永久の旅立ちをしてしまってから三週間が経つ。
このところ、ずっとRCを聴いていた。
特にRC初期に在籍していた東芝EMI(デビュー当時は東芝音楽工業、現在のEMI Music Japan)時代のベストアルバム2作品『Best of The RC Succession 1970-1980』と『同 1981-1990』をずーっと。

c0193396_1712521.jpgこのアルバムを聴きながら、そういえば実家のどこかにRCのデビューLP『初期のRCサクセション』(アナログ盤)があるはずだ!と、ふと思いだした。

兄貴に買わせたLPだ。当時、金欠高校生の僕は、兄貴に“RCってかっこいいバンドがいるんだ。ゼッタイ買いだよ!”とかなんとかウマいこと言って、買わせたんだっけ(笑)。それが僕の高校の先輩バンドということは内緒にしてね。

音楽が大好きだった兄貴。僕の音楽歴の出発点。子供の頃は、いろんな音楽を(なかば強引に)僕に聴かせてきた兄貴もすっごく気に入って、当時は一緒によく聴いていたな。そんな想い出のあるLPだ。
いけない、いけない、ちょっと感傷的になっちまった(笑)。


今月も月イチの東京取材旅行に行ってきた。
清志郎さんの逝去もあったし、今月上京した時は、母校の日野高に行ってみようと思っていた。それで行ってみた。5年ぶり。

沖縄に引っ越す前に住んでいた家は日野高から徒歩圏内。当時のゴールデン娘(マリン)の、ちょっと長めの散歩コースの途中に日野高はあった。あの頃はよく前を通っていたけど、沖縄に来てからは初めて。ホント久しぶりだった。


c0193396_160474.jpgc0193396_1611449.jpgc0193396_1613623.jpg日野高の佇まいは、ほとんど変わっていなかった。
僕が通ってた頃と正門も一緒だし、校舎も同じ。学校の横の浅川土手の風景も、ほとんど一緒だな。この川沿いの道を歩きながら、僕はいろんなことを思いだしていた。

初夏の頃になると毎年行われた地獄のマラソン大会。今はやっているかどうかわからないけど。僕が高1の時は、学校からダンダラの上り坂を走って多摩動物園を折り返すという地獄のコース。高2の時は、浅川から多摩川の土手をぐるりとまわる長距離コース(女子5キロ、男子10キロ)。高3は憶えていないから、たぶんサボったハズ(笑)。

そうそう、このマラソン大会のために、体育の授業は浅川の土手を端から端まで往復することから始まってたっけ。とにかく当時はよく走らされたなぁ。きっと清志郎さんも、走らされていたのでは!? 
ま、高2ぐらいになると、みんな友達とダベリながら、ほとんど歩くのとかわらないペースだったけど。

コバヤシ先生は、もうとっくに定年になっているだろう。
まだベビースモーカーかな?

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『初期のRCサクセション』は、結局見つからなかった。
来月行ったら、もう一度探してみよう。
兄貴ならどこにあるか知っているんだろうけど、その兄貴も去年10月に逝ってしまったから聞けない。
今頃、清志郎さんと、空の上で出逢ってるかもしれないな。マリンと一緒に。
〈『初期のRC』弟に買わされちゃって〜〉とかボヤキながら、人の良さそうなクシャクシャの笑顔で話している兄貴の姿が浮かんできそうだ。

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# by mahalohilo | 2009-05-22 17:15 | music | Trackback | Comments(0)  

キヨシロー先輩、天国でも“ガッチャ、ガッチャ”歌ってください!

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キヨシローさんが亡くなった。
まだ58歳だった。
がん性リンパ管症と戦い続け、2008年には武道館で完全復活ライブを行うまでに回復したが、がんが転移。闘病の末に逝ってしまった。


RCサクセションの忌野清志郎さんは、高校の2年先輩だった。
東京都日野市にある都立日野高等学校。
清志郎さんが二期生、僕が四期生(実は妻も同級生)だった。


新設校ということもあってか、日野高はとても自由な校風だった。
高校の横を流れる浅川の土手を、男子生徒と女子生徒が仲良く並んで登下校するのは普通(40年前には珍しかった)だったし、教室や河原でギターを弾いて歌っているのも日常の風景の一部だった。RCの活動の背景には、そんな自由な校風もあったように思う。


僕が高校に入学した時には、すでにRCサクセションはTBSテレビ系の『ヤング720』に出演したりして、注目を集めていた。アコースティックギターをかき鳴らしながら歌う手拭ハチマキ姿の清志郎さんは、ホントにカッコよかった。後輩の憧れだった。



c0193396_12164519.jpg日野高の清志郎さんの同級生には、俳優の三浦友和さんがいた。
三浦さんも音楽が好きで、当時のRCでは時折パーカッションも担当していたという記憶がある。
そういえば「あいつは顔がイイから手伝ってもらってただけ」と、あの清志郎さんらしい辛口で、当時の三浦さんのことを語っていたっけ。



僕が高校1年の時に、清志郎さんと三浦さんは3年生。
当時、三浦さんには会ったことなかったが、清志郎さんは何度か見かけている。


なかでも今も鮮明に記憶に残っているのが、放課後の美術室での光景だ。
美術の時間内にでき上がらなかった絵を描くために美術室へ行った時のことだ。
教室に入ると、そこに清志郎さんがいた。
理科の実験の時に生徒がいつも着ていた白衣姿で、清志郎さんはカンバスに向かい熱心に絵筆を動かしていた。
あまりの真剣な表情に、声をかけられない雰囲気だった。


美術室の隣の教師部屋をノックする。いつもたばこの煙が充満している教師部屋のドアを開けて、絵を描きあげたい旨を伝え、僕も清志郎さんのそばで描き始めた。
その美術教師が、RCの「ぼくの好きな先生」のモデルにもなった小林先生である。

一緒に絵を描きながら、なにかを話した記憶があるのが、詳細はもう思いだせない。でもその時の情景は、いまでもはっきりと憶えている。



c0193396_202924.jpg次の再会はそれから10年くらい後。僕が洋楽雑誌の編集者時代。清志郎さんのインタビューページの担当として取材に立ちあった時のことだ。

その次は、さらに10年後。今度はフリーランスの音楽ものかきとなっていた僕が、清志郎さんのインタビューをさせてもらった。

インタビューの間はもちろん、写真撮影の時も、片時も象さんギター(アンプ内蔵のギター)を離さず弾きながら話してくれた姿を思いだす。

取材の後で、自分が日野高の後輩だということ、そしてあの“美術室”でのことを尋ねてみた。さすがに一緒に絵を描いたことは憶えていなかったが、「そう、日野高なんだ」と言って微笑んだシャイな表情を思いだす。



アコギをかき鳴らしていた清志郎さんが、ド派手メイクで登場した新生RCの一発目のライブを観た。日仏会館や日比谷野音や武道館etc.…いろんな会場で、いっぱい楽しませてもらったなぁ。



58歳。駆け抜けた人生。でもまだまだやりたいこともあっただろう。
天国でも、ド派手なメイクで“ガッチャ、ガッチャ”と歌っていてください!


先輩のご冥福をお祈りいたします。

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# by mahalohilo | 2009-05-03 12:27 | music | Trackback | Comments(0)  

宮古島で癒され、沖縄のミューズに心揺さぶられて…

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ゴールデンウィークがやってきた。
楽しい、楽しい連休だぁ。
ホントは僕みたいなフリーランスで仕事をしている人間には、日曜祭日も、ゴールデンウィークの連休も、あまり関係ないんだけど、なーんか世の中がお休み気分だと、うれしくなっちゃうんだよね。これってフシギ。

5/2からお休みなら5連休。4/29からお休みをとっていれば12連休! さらにさらに16連休という方もいるかもしれない。いずれにしても、人ごとながらうれしい!(笑)

c0193396_23335676.jpgさすがに連休だ。
ここ数日、レンタカーの「わ」ナンバーをたくさん見かけるようになった。
有名な観光スポットはもちろんだけど、ここどうして知ってるの?っていうような所にも「わ」がとまっていたりして、さすが!です。
ま、自分たちも観光で沖縄に来ている頃は、いろんな穴場情報を仕入れて、めいっぱい楽しんで帰っていたよな、と懐かしくなりました。

いたるところに観光客のカップルがいる。家族連れもいる。たまに年配のご両親を連れたヤングカップルが白砂のビーチで珊瑚や貝殻を拾っている姿を見かけたりすると、もう、ココロがほっかほかして、思わず笑顔になってしまう。



僕らもゴールデンウィークに入る前に、宮古島に行ってきた。
去年行こうと言って行けなかった約束を果たすため、それにマイレージがずいぶんたまったからね。
僕は3年前の宮古ロックフェスの取材以来、二度目。(とはいえその時はホテルと会場、それに打ち上げの居酒屋しか記憶にないので(笑)、初めてのようなもの)妻は、今回がまったくの宮古島初上陸である。

那覇空港を飛び立って、うとうとしかけたら、もう着陸のためのシートベルト着用サインが点灯。まだ30分ちょっとしかたってないじゃん!と思いながら、ふと外を見て、びっくり。二人の第一声は……「海の色が違う!」。
沖縄本島の海ももちろんきれいだけど、宮古島の海は、信じられないくらいの碧だった。

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宮古島の旅は、また次の機会にするとして、宮古に行く前後に沖縄でインタビューしたアーティストについて、ちょっと記しておきたいと思う。


まずは、jimama(ジママ)。沖縄方言で“自由奔放、わがまま”を意味する那覇出身の歌い手、宮平照美のソロ・プロジェクトである。

祖父との想い出を綴った彼女の代表曲「でいご」は、沖縄県内では知らない人がいないくらい親しまれている曲だし、「想い〜ウムイ〜」は、NTV系『誰も知らない泣ける歌』でも取り上げられたのでご存知の方も多いんじゃないかな。
昨年リリースされた『裸足〜からびさー〜』は、今でも僕の愛聴盤として車のCDケースの中でも一番イイ場所に収まっているアルバムです。

c0193396_23343172.jpgそして4/22に発売されたばかりのニュー・シングル「大丈夫」も、大切な人への“愛”にあふれていて、ココロがあったかくなる曲なんだよね。
これも、5/12のNTV系『誰も知らない泣ける歌』で取り上げられるそうなので、ぜひチェックしてほしいなと思う。


「でいご」「想い文」「風便り」「風が強く吹く日に」「イラヨイイラヨ」「海へと続くROUTE」「夏の終わり」etc.……jimamaの曲には、心の中にある想いをていねいに紡いだ歌詞と歌声が胸に響いてくるものばかり。
聴くたびに、感情を揺さぶられるjimamaは、僕のフェイバリット・アーティストである。
(HPは、http://www.jimama.com)



宮古島から戻った翌日に会ったのが、「ういずあす」。里菜、麗香、あやの、の3人の沖縄娘たちとは、ちょうど2年ぶりの再会だった。

c0193396_23562213.jpgガールズポップスから心機一転、紅型の琉装を身にまとい、沖縄テイストのポップスへとイメチェン。
もともと三線や琉舞や古典太鼓を幼い頃から習っていた彼女たちにとって、このスタイルがしっくりくるのだろう。
節入り(民謡特有の節回し)の歌や三線の演奏も、とても自由にのびのびしている。

新しい旅に出かけよう……そんな本人たちが作詞した最新シングル「明日へ」は、まるでイメチェンで新たな旅立ちをした「ういずあす」の意思表明的なポジティブ・ソング。
なんか聴いていると、すっごく元気をもらえる曲だ。
(HPは、http://www.rideon-okinawa.com/wizus/home.htm)


宮古島でココロもカラダもリフレッシュしてきたけれど、フレッシュな彼女たちとの再会で、さらに元気をもらった気がする。

元気をチャージしたところで、さぁー、ゴールデンウィーク中も原稿書き、がんばりまーす。



(PS)今日は、山下達郎さんの沖縄公演@コンベンション劇場に行ってきます。先月東京@中野サンプラザホールでも観たけど、56歳とは思えない声の艶とパワーにエネルギーをいただきました。またまた元気エネルギー、いただいちゃいます!

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# by mahalohilo | 2009-05-02 00:12 | 沖縄 | Trackback | Comments(0)  

東京でも“緩やかな暖かい風”が吹いています

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今、東京に来ています。
こちらもずいぶん暖かくなってきました。
満開の桜には間に合わなかったけど、
はらはらと花びらが散る風景に出逢うことはできました。
やっぱり風情があるなぁ。

東京も今日で5日目。
月イチで上京するようになってから、もうすぐ5年。
月を重ねる中で気づいたことがあります。
それは、故郷・東京への想いがずいぶん変わったなということ。

故郷は遠きにありて思うもの…というけれど、確かにそうだな。
離れているからこそ、その良さに気づくことってあるよなぁ。
東京に住んでいた頃は、人が多くて、街はごみごみしていて、息が詰まりそう!と思っていたのに、離れてみるとそれも含めてちょっと恋しくなったりして。
あの活気に満ちあふれた街にエネルギーをもらっていたんだなと、あらためて思う。


c0193396_15475236.jpg東京で受けるたくさんの刺激がエネルギーになって、自分の活力になる。

東京でメイッパイ仕事をして、沖縄に戻って、ゆるりとした環境の中でじっくりと原稿を書き上げる。
そして、またエネルギーをもらいに東京へ…。
このバランスが今の自分には合ってると思うし、そういう環境にいられることが幸せだとも思う。

ゆるりとしたぬるま湯の中にばかりいたら、その居心地の良さに甘んじてしまうと思うから。
その意味でも、月イチの東京行きは、僕にはとてもいい環境だなと思うのです。


今月インタビューするアーティストは倉木麻衣さん、GLAY、伊藤由奈さん、GIRL NEXT DOOR、FoZZtone、etc.…。
なかでもデビュー15周年を迎えるGLAYとは、ずいぶん長い付き合いだ。
『Beat out!』の取材で会ったのが初だから、もう13年になるのかな。
去年の沖縄公演の後で一緒に飲んで以来だから約1年ぶり。とても楽しみです。


そして明日は、沖縄出身の女優&歌手の新垣結衣さんのインタビュー。
いつも思うのだが、沖縄で生まれ育った彼女のまわりには、いつでも緩やかな暖かい風が吹いているように感じてしまうのは、僕だけ?
明日、この“緩やかな暖かい風”に触れたら、きっと沖縄に戻りたくなっちゃうかもしれないなぁ。

(PS)ゴールデンのシンディ母の子供たちは、みんな巣立っていきました。葉山、名古屋、沖縄…。兄弟姉妹、離ればなれになっちゃったけど、みんな元気で大きくなるんだよ〜。

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# by mahalohilo | 2009-04-14 16:01 | その他 | Trackback | Comments(3)  

華火が夜空を彩る、平和な島!?


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はやいもので、今日から4月。4月の沖縄は「うりずん」の季節。
この「うりずん」とは、乾いた冬が終わり、雨が降って大地が潤い始める季節をあらわした沖縄の言葉です。

「うりずん」の頃になると、そろそろ沖縄では各地で海開きが始まります。
今年、日本で一番早い海開きが、3月20日、石垣島の底地ビーチでした。そして僕の家の近くの宜野湾トロピカルビーチは、4月19日に海開きが決まっています。

▼去年の「琉球海炎祭」
c0193396_1635252.jpg日本で一番早い…といえば、毎年トロピカルビーチで行われる“日本で一番早い夏の花火祭り”が、「琉球海炎祭」(今年は4/18日に開催)。

1万発の大花火が、コンピューター制御で、音楽に合わせて色とりどりの花を咲かせる、音楽と花火が融合した夜空のイリュージョンです。
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去年に続き、今年も華道家・假屋崎省吾さんの新作生け花を、花火師が大花火で表現する“華火”が夜空を彩るという。

去年、会場で観た大華火は、本当に感動的でした。目の前(ほぼ真上)で大きく咲き開いた華火が、海に映りこみ、徐々に溶けていく美しさといったら言葉ではうまく表現できないほど素晴らしいものでした。

その年までは、いつも部屋からビール片手に華火を眺めていたけれど、間近で観ることでの新たな発見もたくさんありました。

c0193396_1641550.jpg音楽に合わせて打ち上がる花火と音楽のコラボレーションもひとつですが、その場に集まった人たちの、夜空に大華火があがった瞬間に、「うっわー、きれいだね!」「すっごいなぁ!」という感嘆の言葉を聞きながら感動を共有する喜びも新しい発見でした。
もちろんここでもビール片手に、は変わりませんが(笑)。


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今年の「琉球海炎祭」のメインテーマは、「いちゃりばちょーでー(出逢りば兄弟)」。
沖縄の方言で、一度会ったら、みんな兄弟。だから年齢、性別、国籍を超えて、みんな仲良くしよう!という想いがこめられた言葉です。


美しいものを観て感動する心は、誰も同じ。
大華火を観ながら、心をひとつに繋ぎ合わせれば、平和な気持ちになれる。そう、争いごとが起こることもなくなるんじゃないかな。


最近はF22が再来したり、朝早くから米戦闘機が轟音を響かせ飛び交い、夜遅くまで基地エリア上空内の飛行という協定を無視して、民家の上を平然と飛び舞う、まるで米軍占領地のような基地の島で、この「琉球海炎祭」が行われることが、なにか皮肉に感じてしまうのは、考え過ぎでしょうか。

   ▼海炎祭の大華火に、かんばーい!@屋上で
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おまけ。
▼友達のゴールデン母に生まれた子供たちもこんなに大きくなりました。(生後60日)
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# by mahalohilo | 2009-04-01 16:41 | 沖縄 | Trackback | Comments(0)  

沖縄はもう初夏!? 珊瑚で遊ぶ青い魚と泳ごう

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沖縄では、ここ何日か25度を超える日が続いている。
今日はさらに気温が高くなって、さすがに車のエアコンもON!する暑い日だった。
あの昨年末の寒さは(とは言っても15度くらいですが)いったいなんだったんだぁ~と思ったりして。

このポカポカ陽気につられて、日課にしている朝泳ぎを再開した。
1月はサボっていたのに、相変わらずコトヒキ(魚)たちは僕を忘れることなく一緒に泳いでくれて、感激だ。先輩スイマーF氏、今日は仕事がお休みのI嬢、天然キャラのムードメーカーO婦人と4人で水泳&ゆんたく(おしゃべり)した。楽しくてついつい時間を忘れてしまう。このゆんたくがあるから、午前中の仕事がはかどるのかも!? ホント、楽しい仲間たちです。
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夕方、陽射しがゆるくなった頃、ファルの散歩がてら、歩いて5分ほどの森川公園に行ってみた。天女(はにんす)が舞い降りた場所という森の川羽衣伝説発祥の地である。ウォーキングをする人、子供と遊ぶ親子、僕のようにワンコと散歩する人、そして手を繋いで歩くだけで幸せそうな恋人たちetc.…ここは、いつもたくさんの地元の人たちが訪れる憩いの公園だ。

緑の木々に囲まれた急な坂を、よっこらしょとのぼっていく。
頂上に向かうちょうど中間地点、ここでまっすぐに坂を進むか、ショートカットする右手の心臓破りの急階段で行くかでいつも迷う。今日は、左手に広がる海を見ながら歩くことにした。青い空と海がやけにきれいだったからだ。

c0193396_113770.jpg木立を抜け、頂上に着くと急に視界が開けて、緑の原っぱと大空が広がる。ここで広い空を見上げるのが、僕は好きだ。
ひとしきりファルとボール遊びをする。レトリーバーの習性で、投げたボールを全力で追いかけてキャッチ! 得意気に戻ってくる。それを飽きずに何度も何度も繰り返す。楽しい時、いつもするように、シッポをピン!と立てながら…。

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この間来た時には満開だった桜は、もうすっかり散ってしまっている。例年2月はじめの開花時期が、今年は10日ほど早かったというから、それも当然だな。
(▲▼写真は2月はじめの森川公園)

c0193396_1142417.jpg沖縄の桜は、ピンク色が濃い寒緋桜だ。淡い色のソメイヨシノが大人の女性を感じさせるのにくらべて、寒緋桜はどこか可憐な少女のような佇まいだなと思う。

その時、沖縄三線の音がどこからともなく聴こえてきた。原っぱの脇に立つデイゴの木陰で、年配のオジサンの弾く三線のゆったりした旋律が、青空に吸い込まれていく。のどかだなぁ〜。
できすぎのこのシチュエーションも、沖縄では意外とフツーのことだったりする。ビーチや公園の東屋で三線を奏でながら沖縄民謡を歌っている人がフツーにいたりするからだ。
三線の音色と寒緋桜の可憐な姿を想っていたら、ふと数日前に取材で逢ったティンクティンクの2人の桜のようにやわらかな笑顔を思い浮かべていた。

c0193396_1144332.jpgあずさぁ(宮城 梓)と、まや(三浦真弥)。この2人の女の子が紅型の琉装を身にまとって歌うオキナワンポップスは、琉球音階と洋楽ポップスのチャンプルーから生まれたキラキラと輝く美しい結晶のようだ。琉球民謡でもなければ、普通のポップスでもない。その両方の旨味が照屋林賢さん(りんけんバンドのリーダー)の楽曲とプロデュース力によって引き出され、さらにティンクティクの2人の透明感のある歌声が重なり混ざり合った瞬間、唯一無二の存在感を放つのである。

c0193396_115886.jpgそんなティンクティンクのニュー・ミニアルバム『珊瑚の子守唄』は、沖縄の青い空と海、そして青や黄色や縞々の熱帯魚たちが珊瑚礁で泳ぐ姿までも浮かんでくる彼女たちの澄んだハーモニーが心地よい作品だ。

今、表題曲の「珊瑚の子守唄」を聴きながら、明日の朝は、少し沖まで泳いで、珊瑚のまわりで遊ぶ色鮮やかな熱帯魚たちを見に行こう!と思っている。

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# by mahalohilo | 2009-02-25 22:10 | 沖縄 | Trackback | Comments(2)  

うれしい再会、そして誕生

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ハイサイ!(沖縄方言で“アロハ”みたいな意味かな。ちなみに女性は“ハイタイ”と言います)
二週間の東京出張から昨日沖縄に戻ってきました。
沖縄に移り住んでからの、月イチ沖縄⇔東京の旅。JALのマイレージはずいぶんたまりましたが、この時期の東京と沖縄の温度差はタマりませんねぇ。羽田を飛び立つ時は10℃以下だったのに、沖縄に着いたら、なんと24℃! 着てきたセーターやシャツを1枚脱ぎ、また1枚脱ぎ…。結局はロンTだけに。やっぱり南の島は暖かいなぁ。気持ちイイなぁ。
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空港の建物から外に出ると、爽やかな風が僕を迎えてくれた。湿度の高い沖縄も、この時期は爽やかでとても過ごしやすい。そんなことを思いながら遠くに眼を向けると、迎えに来てくれたファル娘の姿が…。僕を見つけた途端に猛ダッシュ! で、飛びつかれて、顔をペロペロ。よだれまみれになってもカワイイ娘。親バカです(笑)。

今回の東京滞在中に、何度かうれしい再会や出逢いがありました。
なかでも沖縄・宜野湾市(今僕が暮らす所)出身の女性シンガー「多和田えみ」ちゃんとの再会には不思議な縁を感じました。今月はじめ沖縄の情報誌でインタビューした時に、何気なく「東京でも会えたらいいね」と話したことが現実になったのだから。

c0193396_22115361.jpg沖縄ではこういう不思議な偶然によく出逢います。
ある人のことを話していたら、その人が目の前から歩いてきたり。偶然通りかかったら、そこでたまたまお気に入りのバンドがストリートライブをやっていたり。
あと数分遅かったら…その角を曲がらなければ…きっと出逢うことはなかったはず。
でも沖縄では、なにかに導かれるように、それが現実になることが多いのです。

沖縄ではなく東京での再会だったけど、彼女の「うちなー(沖縄)オーラ」がこの再会を導いてくれたのかもしれない。

大きな瞳と笑顔の素敵な彼女に会うと、僕はいつもゲンキをもらえる。
疲れている時にチョコレートとか甘いものを食べると、まるで重い身体から疲れが抜けていくように…。とてもうれしい再会でしたc0193396_221282.jpg
その多和田えみちゃんのサード・ミニ・アルバムが『SWEET SOUL LOVE』(3/18発売)。
この新作は、明るくて元気な彼女の印象を塗り替えるようなセクシーなヴォーカルが聴ける、スウィートなラブソングを収めたSOUL/R&Bアルバムだ。

レースのカーテン越しに射し込む月明かりにくるまれた恋人同士が、ベッドの波間で漂うようにゆるやかに揺れながら夜に溶けていく…。彼女自身も「エロい」と例える、そんな妄想をかきたてられる作品である。
ぜひ、この素敵な妄想を、お試しあれ。
(インタビューは、http://www.excite.co.jp/music/close_up/0903_tawataemi にて掲載中)



東京にいる間に、もうひとつうれしい出来事があった。
それは、沖縄の友達の家のワンコに無事赤ちゃんが産まれたというニュースだ。
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母親になったのはゴールデンレトリバーの「シンディー」。大型犬は多産系だが、シンディーは初産。最初、獣医の診察では赤ちゃんは3匹と言われていた。が、どうだろう。産まれてきたのは7匹。しかも最後の子は、6匹目の後、なんと6時間後に産まれたとか! よかったね、シンディ。みんな無事に産まれて。
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今日、生後10日目の赤ちゃんワンコに初めて会いに行ってきた。
モコモコ動く姿も寝顔もアクビ顔も、なにもかもがカワイイ。これからどんな人生(犬生?)が待っているのだろう。みんなみんな幸せになってほしいなぁ。そう心から祈りながら、あったかい気持ちのまんま家に帰ってきたのでした。


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# by mahalohilo | 2009-01-29 22:33 | music | Trackback | Comments(0)  

旅の回想「北米横縦断バスの旅」prologue

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アメリカを旅したいと思ったのは、いつ頃からだったのだろう。

小学生の時、兄貴に聴かされた(当時はちっともイイと思わなかった)ビートルズがきっかけで次第に音楽が好きになり、田舎のおじさんの影響で中1からギターを弾き始めた頃も、ギターのタブ譜を見ながら歌っていたのは、いつもビートルズだった。
自分でレコードを買うようになってからも、手にするのはレッド・ツェッペリンやストーンズやピンク・フロイドやテン・イヤーズ・アフターやクリームetc.といったUKロックが多く、アメリカの音楽にはそれほど興味が向かなかった。
なのになぜ僕はアメリカに惹かれたのか。
きっといろいろと複合的な理由があるのだろうが、なかでも子供の頃に日本でも放映していたアメリカのTVドラマのあったかい家族関係やリッチな家(広いリビングに大きな冷蔵庫、大型犬etc.)への憧れが潜在的に身体に残っていたこと、それにUSロックが好きな友達の影響もあったのだと思う。そしてなりより音楽好きが高じて就職した音楽出版社の洋楽雑誌「jam」創刊号の巻頭を飾ったブルース・スプリングスティーンとの出逢いが大きかった。当時はまだデビューしたばかりで日本では無名だったスプリングスティーンの独占インタビューを巻頭で、しかも表紙にもしていた「jam」の記事で、僕はスプリングスティーンを通してアメリカやアメリカの音楽に夢中になった。
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それからしばらくして同雑誌の編集メンバーになった僕は、誌面でデイヴ・マーシュ著のスプリングスティーンの連載を始めた。翻訳は、ローリング・ストーンズなどの書籍を手がけていた小林宏明氏にお願いした。のちにこの連載は『明日なき暴走』という題名で単行本として出版された。

時は70年代末から80年代に入る頃。イーグルスやドゥービー・ブラザーズ、ボブ・ディランやCSN&Y、ジャニスやオールマン・ブラザース・バンド、バディ・ガイやドクター・ジョン、マーヴィン・ゲイやテディ・ペンダーグラスetc…。西海岸、東海岸、南部、ジャンルも超えて、手当り次第にいろんなUS音楽を聴いていった。
そんな時に、NYの特派員から、子育て・主夫をしていたジョン・レノンが5年ぶりにレコーディングを始めたというニュースが編集部に入ってきた。1980年夏のことだ。もともと僕の音楽歴の原点のビートルズ、しかも4人の中でフェイバリットなジョンのNYでの活動再開に心が躍った。すぐにインタビューをオーダーした。
レコーディング中のアルバムのタイトルは『Double Fantasy』。NYからインタビュー原稿が届き、「jam」の表紙・巻頭が決まった。雑誌の発売日は12月9日。その前日がジョンの誕生日。そしてこの誕生日にジョン・レノンはNYの自宅、ダコタハウスの入口で射殺されのだ。
射殺のニュースは、日本時間で翌9日に伝えられた。おりしも「jam」の発売日。ヘンな話だが、なぜか運命のようなものを感じてしまった。
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今考えれば、その時なのだと思う。アメリカを旅したい。アメリカに行ってジョンが命を失った場所をこの目で見てみたい。できればアメリカの大地を感じながら、くまなく見てみたい、と思ったのは…。
そのために選んだのが北米を横縦断する路線バス、グレイハウンドバスだった。このバスの旅では、良くも悪くもいろいろな経験をすることになるのだが。

結婚してちょうど半年のことだった。それから7ヶ月後の7月13日に出版社を退職した僕は、その翌日、妻と一緒にアメリカへと旅立った。
背負ったバックパックには、往復エアチケットとグレイハウンドバスの乗り降り自由の1ヶ月周遊券。そして、ほんの少しの着替えを詰め込んで。

1981年7月14日、夕方、僕らを乗せたジャンボ機はサンフランシスコに向けて離陸。
いよいよ僕らの旅は始まったのである。

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# by mahalohilo | 2009-01-09 21:25 | 北米横縦断バスの旅 | Trackback | Comments(0)  

ブログ始めました。

沖縄に暮らす音楽ものかきです。
2009年、新たな年を迎えて、心機一転、ブログを始めることにしました。
これから、エメラルドグリーンの海に囲まれたこの珊瑚の島にまつわるエトセトラを、つらつらと綴っていきたいと思います。

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まずは1回目なので、僕の自己紹介から。

十代後半から二十代のはじめ、大学時代はバイトで手に入れた愛車(セリカ)で北海道から九州までオートキャンプをしながら日本中をふたまわり。二十代半ば、ナマのアメリカを肌で感じたくて出版社を退職(結婚して1年後のこと)。退職した次の日に、バックパックを背負って機上に。妻とグレーハウンドバスで北米大陸をぐるりとひとまわり。そして三十代はユーレイルパスを使ってヨーロッパ一周電車の旅をするなど、なにか見知らぬことに出逢いたくて、時間さえあれば旅に出ていました。

その後にハワイを訪れたことがきっかけで、四十代は南の島に夢中に。毎年のようにハワイ各島を訪れるうちに、いつか南の島に移り住みたいと考え始めたのでした。
そして5年前、ハワイの後にハマった沖縄に移住。現在は東京と沖縄を行き来しながらミュージシャンのインタビュー取材などの仕事を、ゆるりマイペースに続けています。

休日にはくつろげる自然ビーチでまったり読書をしたり、カヤックやシュノーケリングをしたり…。妻と愛犬(ゴールデンレトリバー娘のファル)とともに、これからもこの南の島でマハロな毎日を過ごしていけたらな、と思っている今日この頃です。


僕が感じるマハロな瞬間は、やっぱり一日の終わりに、部屋の窓から見える、海に沈む夕焼けの景色なんだよなぁ。そんな瞬間を、みなさんにも、ちょいと、おすそわけ▼▼▼

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# by mahalohilo | 2009-01-05 17:35 | 沖縄 | Trackback | Comments(2)